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zoom RSS 人生は紙飛行機?

<<   作成日時 : 2015/12/08 10:53   >>

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日本放送協会(「日放協)が放映する連続朝番組の「あさが来た」を毎日楽しく見ている。
AKB48の心地良い歌声も心に良く響く。
それだけに一つ残念なことがある。
それは主題曲の歌詞だ。

その歌詞は以下のYouTubeに掲載されている。
https://youtu.be/o48bZGOGhlA
全文を引用すると著作権に抵触しかねないので、部分抜粋する。

===================
歌詞:秋元康

<割愛>

人生は紙飛行機 願い乗せて 飛んで行くよ 
風の中を 力の限り ただ進むだけ

<割愛>

人生は紙飛行機 願い乗せて 飛んで行くよ 
風の中を 力の限り ただ進むだけ

<割愛>

=================

何が残念なのか。それは、この歌詞の中心語句の「紙飛行機」にある。

私は子供の頃、様々な商品宣伝チラシを利用して紙飛行機を作り、近くの原っぱで良く飛ばした。時には海抜300メートルほどある山の見晴らしの良い大きな岩石の上から飛ばしたこともある。

いつまでもどこまでも飛んで欲しい、と願うものの、自力ではなく風の影響を受けて飛ぶために、どこに向かうか、どこで落ちるかは検討も付かない。それこそ「風任せ」になる。そしてやがてどこかに落ちる。それが紙飛行機の実態であり、ずっとずっと紙飛行機を飛ばしたいと願うものの、それはあり得ないことを子供ながら理解する。

だから、それは束の間の夢。とてもはかない。そこに人生を見る。自力で飛べない紙飛行機はやがては落ちる。そこに常に自力で努力しながら突き進むのが本当の人生だと理解する。

作詞家の秋元氏は、1958年(昭和33年)に生まれている。私よりも7歳年下だ。この年齢差がひょっとしたら、紙飛行機に対する考えが異なることに関係しているのかもしれない。彼が生まれた時、私は7歳で、小学校1年生。5歳の頃から小学6年生になるまで、私は紙飛行機を作り飛ばしたものだ。時には親から叱られた。『ごみを巻き散らかしてどうするのか。遠くに飛んだら拾えないだろう』と。それにも構わず、私は飛ばした。紙飛行機が飛んでいる間、私の心も空に飛ぶし、気持ちが良いからだ。

私が中学校に入る頃、私の年齢は12歳(その年の8月に13歳)、秋元氏は5歳。日本には電影受信機(Television)が急速に普及し、子供達は、電影番組にのめり込み、外であまり遊ばなくなって来ている。ある意味私は幸運だったのかも知れない。電影機が我が家に入って来たのは、私が小学校5年生の頃で、周りを山で囲まれていた我が家に電波が届きにくく、非常に見づらかったので、電影に対する信頼感はなかった。中学生に進学し、ようやく我が家の近くに電波中継機ができた時から、電影がこんなにも素晴らしい画像を送っているのか、と感激したものだ。

電影の発展と共に子供達の遊びの趣向が外から内に向かい始めている。

秋元氏が子供の頃、どれほど紙飛行機にのめり込んだのかは知らないが、この歌詞を読む限り、彼は紙飛行機を観念的に捉えているように思えて仕方ない。

日放協朝番組の『あさが来た』は、明治維新の激動の時代の中、一人の女性がとんでもない事業を起こし、成功させた物語であり、彼女は、艱難辛苦を乗り越え、前向きに明るく逞しく生きて来た、その『力』と『情熱』がある。紙飛行機のように風任せではない。

私の人生観は、奥の細道の冒頭の文章と徳川家康の言葉にある。

松尾芭蕉・奥の細道: 『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり』
徳川家康: 『人生は重荷を背負ふて坂道を行くが如し』

紙飛行機のように風任せではない。自分の両足で大地をしっかりと歩む。これが人生だと私は思う。

朝番組の主張、作曲そしてAKB48の歌唱力が良い中、この歌詞は、朝番組の中心思想を骨抜きにしている。非常に残念でならない。

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