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<<   作成日時 : 2013/07/31 18:29   >>

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 随分前のこと、多分私がまだ学生の頃(約40年前)だったかと思う。佐世保市内の書店で一冊の本を買い(残念ながらそれは紛失し、著者名も忘却)それを読み、日本国内には、「源氏」、「国内派」、「陸軍」が主流派で、「平家」、「国際派」、「海軍」が非主流派として存在すると書かれてあった。

 私の目から鱗が剥がれ落ちる内容だった。我が父は職業海軍人で、それと似たようなことを言っていたのを、その本を読み思い出した。

 英語に堪能な日本人の多くは、国際派に属し、日本では非主流派に属している。私がこれまで経験した個人的な感想で言うと、国際派の多くは日本を批判する人が多いように思う。英語に堪能で日本が好きな人は、そんなに多くないようだ。前者は、海外通信社に日本に関する情報を英語で切り売りするか、その通信社と契約している記者もいる。その意見はかなり刺激的で、過去の日本人の行動について空想に基づき物語を創作し、これでもかこれでもかと日本人を罵倒し続ける様は、異様である。

 固有名詞をあげつらうと語弊があるだろうから、それはこの場には書かない。

 私は彼らを擁護するつもりはさらさらない。しかし、私も一時期、日本を毛嫌いしたことがあるので、その時の心境を分析しながら、彼らの心理について論じてみたい。

 一応私は英語を巧みに運用する国際派の一人であり、その観点からこれを書く。

 私が日本を毛嫌いした理由は、私がシンガポールにいた頃に遡る。当時は27歳になったばかりの若僧である私をある電子部品製造会社(東証上場)がシンガポールに派遣した。お蔭で、私は、ポリエステルコンデンサを製造する工場を設立し現地人を雇用し、子会社を経営する貴重な経験を得る事が出来た。

 その時最も苦労したのは、シンガポール人ではなく、同僚の日本人と本社の日本人との意思疎通だった。何が問題だったかを若干書いてみる。

 私は当時まだ実業経験が不足し、日本人の組織的な動きや、仕事の進め方、そして思考の文化的癖などをあまり知らなかった。本社から細かい仕事の進め方に関する指示があるのだが、なにせシンガポールにおける異文化の様々な現象に対してなす術を知らず、遅々として仕事が進まないために、その事を強く本社からなじられるのだった。困り果てて、逆に、私の方から本社に対して何か良い助言が欲しいと要請すると、「それは君の仕事だろう」と簡単に却下される。しかし仕事を進めなくてはならない。何度、助言を求めても、知らんふりをする本社。あまつさえ、更に細かい仕事の指示が私に与えられる。

 私はその狭間で身動きが取れず、進退が窮まった。さぁ、どうするか、と悩んだ末辿り着いた案は、「事後報告」だった。とにかく動かなければシンガポール工場は、窮地に陥る。本社の指示が来る前に、行動に出た。そして逐一事後報告を行った。

 すると、本社では、「あの男は暴走し始めた。首にするか」と、本社の役員会に担当上司から提示されたらしい。今首にするにしても代わりの人間はいない。だから、私の首は薄皮一枚で体に留まったようだ。

 そうこうする中に、シンガポール工場は損益分岐点に達し、以後利益が出るのみとなり、いつの間にか、私を首にする話は消えていた。それどころか、担当上司は、「あの男は私の指示を立派に実行し、見事に利益を出し始めた」と社長に報告したことを随分後になって聞いた。

 簡単に書いたが、実際には凄まじい対立と葛藤があった。それはここでは書かず、今後書きたい本の中に詳細に書くとする。

 ここでの要点は、以下に集約される。

 1)企業海外進出において、本社側の役員らに全くその戦略がない
 2)異文化に関する理解もほとんどないし、それを知ろうともしない
 3)海外における諸問題点から逃げて問題に蓋をする
 4)良いところのみを取って、自分の手柄にする
 5)良くやって当たり前で、人を褒めない
 6)結果が全て。白い猫も黒い猫も鼠を取れば良い猫だ
 7)海外事業進出における問題点の把握とその分析を実施しない
 8)だから海外事業運営戦略が構築できない
 9)部下を責める辛辣さは言語に絶する
 10)その他無数・・・

 *これらを私の言葉で言えば、「無責任」、「指導力の欠如」、「経営戦略の欠如」、「無能力」・・・となる。
  それでいて細かい指示をあれこれとしたがる。少なくとも当時そう信じていた。

 この苦労の所為で私は、日本人嫌いになってしまった。それは長い間私を苦しめ、自己崩壊する寸前まで行った。自分自身が日本人でありながら、日本人を嫌うとどうなるか。外国人は私から日本人の悪口雑言を聞くと、「あなたも日本人でしょう。なんで日本人を嫌うの」と不思議に思われてしまい、あまり尊敬されない変な日本人となってしまうと同時に、私は一体誰なのか、全く分からなくなり、非常に苦しんだ。

 この苦しみから解放されたのは、1996年(私が45歳の時)だった。日本の某大手IT企業から「海外赴任前研修」講師として仕事をしないかと日本の大手コンサルタント会社経由で話を受け、その会社の人事担当者と会い、打ち合わせを行った時、非常に驚く内容に接した。それは、「米国人講師が日本人参加者に対して、米国流の仕事の進め方や米国人との会話などを中心に指導してもらうのだが、その講師は日本文化の要素を否定的に捉えるものだから、日本人が自信を喪失して、あまり研修に出たがらない」とのことだった。当然ながらその講師に対する評価は低かった。

 私に要請されたことは、「日本人が自信をもって海外進出するような内容を作成し、それで研修を提供してくれないか」というものだった。

 私は、「なるほど、こういう事か、さもありなん。私が最も嫌う日本人の特徴が見事に出ている」と思ったのだが、担当者の真摯な態度と非常に困っていた様子が明瞭に見えて、「なんとかしてあげたい。彼がにっこりほほ笑むような研修をしたい」と思うようになり、「分かりました。1週間後に簡単な内容の説明を行います」と約束してしまった。

 1週間後コンサルタント会社の担当者とIT企業人事担当者と会い、内容の概略説明を行うと、それであっさりと承認が下りて、その2週間後に「海外赴任前研修」を実施する運びとなった。それは私が嫌っていた日本人の文化的行動、言動の癖をあるがままに認めつつ、それを海外でどう克服しながら、海外の人達と同じ目線で仕事が出来る事を目指していた。

 私自身が最も嫌っていた典型的な日本人に勇気と自信を与えて、彼らが海外に雄飛するような資料を作成し、研修を提供しなければならないのだ。そこで私は日本人の精神構造を分析し、なぜ前記したような現象が起きるのかについて必死に考えた。

 時間は2週間しかない。私は、シンガポールに住んでいた頃買っていた日本人論の本、日本語の本、日本文化論を2,3日で全て読み返してみた。例えば、山本七平著『空気の研究』(文春文庫)、大野晋著『日本語について』(角川文庫)、鈴木孝夫著『ことばと文化』(岩波新書)などだ。更に急遽書店に行き、大野博之著『日本語が見えると英語も見える』(中公新書)を買って、それを一気に読んだ。

 以前読んでいたはずの数冊の本の内容に驚愕した。思えば、日本人が嫌いになっていた私は、好意的にそれらの本を読んでいた訳ではなかった事もその時非常に良く分かった。大野博之著の『日本語が見えると英語も見える』を読んだお蔭で、他の本の内容も更に良く理解できた。

 私は、瞬時にして、「如何に私自身が日本について知らなかった」か、思い知らされる事となり、自分の不明を恥じた。そこで、更にそれらの本を精読しながら、要点を帳面に書き綴って行った。その作業に5日間かかった。

 そして分かった。日本人は日本文化を恥じる事は一切ない。寧ろそれに誇りと自信を持つ事が肝要である。ところが、それらの本を読み更に分かった事がある。日本人は、日本文化を客観的に知らないがために、それがどういったものであるか、日本人は文化的にどのような行動様式を取り、どのような言動を行うかについて思いを巡らした事がないために、日本人の特徴的行動・言動様式を言葉で表現する事がない。だから海外で日本人は誤解される。私がシンガポールで悪戦苦闘していた時、本社の日本人に対して抱いた疑問もそういう誤解から生まれていた事も見えてきた。

 つまり、私の勘違いは、本社の日本人が意図的に私を困らせようとして無理難題を押し付け、返事の遅れも意図的なものであり、私が、つまり、シンガポールの子会社がどうなろうと知った事ではない、と本社の日本人が思っているに違いないと誤解したのだった。

 研修資料を作成する要点が見事に見えた。私は、資料の中に、「普段に実施される意思疎通における日本語の特徴」、「日本人の言動及び行動に影響を与える日本文化の特徴」などを最初に盛り込み、研修参加者が日本人同士の意思疎通をどのように図っているか、それに影響を与えている日本文化はどういったものか、という事を理解して貰い、その上で、英語の運用方法及び英語圏の文化について理解を深め、日本の文化的特徴を否定せず、それを英語で語れる事を目指す方法を指導した。

 この研修を実施し、私自身が大変勉強になり、もちろん参加者も大いに喜び、日本人として自信を持ちつつ、海外に打って出る意識を育む目的が達成された。

 以後、私はますます日本文化と日本語について深く突っ込んだ勉強を行い続けて来ている。日本人に戦略がないように思う日本人は実に多い。どこそこでそういった意見に接する。私は今思う。「日本人は日本文化そのものに大戦略が存在している事を知らずに、それを無意識に活用している」

 閑話休題

 多くの国際派が日本人を否定的に見る習癖は、実を言えば、彼らが日本について深く知らないからに他ならない。彼らは、精神的に疲弊しているに違いない。「助けてくれ」という声にならない悲鳴を心の中で叫んでいるように思える。だから海外報道機関に勤める国際派日本人達は、ともすれば自己崩壊につながる日本批判を声高に叫ぶ。彼らの心は不安定である事間違いない。

 私は、国際派の中の少数派となり、日本の素晴らしさを英語で発信するようになった。もう迷わないし、自己の確立がしっかりと出来たように思う。

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